「肩が挙がらない……」
ふとした瞬間に気付く、その違和感。
高いところにある物を取ろうとした時、ジャケットに袖を通そうとした時、あるいは洗濯物を干そうとした時。今まで当たり前にできていた動作ができなくなっていることに気づき、愕然とした経験はありませんか?
「ただの五十肩だろう」「そのうち治るだろう」と軽く考えて放置してしまう方が非常に多いのですが、実はその裏に適切な治療が必要な病態が隠れていることも少なくありません。
この記事では、肩が挙がらなくなる原因について、一般的な「五十肩」から、意外と知られていない病気まで、徹底的に深掘りして解説します。なぜあなたの肩は動かなくなってしまったのか、その謎を解き明かし、解決への糸口を一緒に探していきましょう。
【序章】なぜ、肩は「挙がらなく」なるのか?
まず、敵を知るために「肩関節」の構造を少しだけ理解しておきましょう。
肩関節は、人体の中で最も可動域(動く範囲)が広い関節です。前後、左右、上下、そしてぐるぐると回すこともできます。しかし、その「自由度」の代償として、構造的に非常に不安定であるという弱点を持っています。
骨と骨の結合が浅いため、肩の安定性は**「腱板(けんばん)」と呼ばれるインナーマッスルや、関節を包む袋である「関節包(かんせつほう)」などの軟部組織**に大きく依存しています。
つまり、骨そのものに異常がなくても、筋肉や袋に炎症や損傷が起きるだけで、途端に動かなくなってしまうのです。
最も多い原因:いわゆる「五十肩(四十肩)」
世間で最もよく聞く言葉ですが、実は医学的な正式名称ではありません。医学的には
**「肩関節周囲炎(かたかんせつしゅういえん)」と呼ばれます。
さらにその中でも、関節包が縮んで硬くなってしまう「凍結肩(とうけつかた:フローズンショルダー)」**という状態が、肩が挙がらない主犯格です。
どんな状態?
肩関節を包んでいる「関節包」という袋に炎症が起き、その袋が分厚く硬くなり、骨に癒着してしまっている状態です。イメージとしては、**「縮んだシャツを無理やり着ている状態」**に近いです。生地が伸びないので、腕を挙げようとしても突っ張って挙がりません。
典型的な経過(3つのステージ)
この病気には、明確な3つの時期があります。
- 炎症期(Freezing Phase):
- とにかく痛い時期です。動かしても痛いですが、じっとしていても痛い(安静時痛)、**夜寝ていても痛みで目が覚める(夜間痛)**のが特徴です。
- この時期に無理に動かすと炎症が悪化します。
- 拘縮期(Frozen Phase):
- 激しい痛みは引いてきますが、**「固まって動かない」**時期です。
- まるで肩が凍りついたように、ある一定の角度からロックがかかったように動きません。
- 日常生活(髪を洗う、エプロンの紐を結ぶなど)に支障が出ます。
- 回復期(Thawing Phase):
- 徐々に可動域が改善していく時期です。
ここがポイント!
「放っておけば治る」というのは半分正解で半分間違いです。痛みは自然に消えることが多いですが、可動域制限(挙がらない状態)は、適切なリハビリをしないとそのまま残ってしまうことが多々あります。
要注意!見逃されがちな「腱板断裂(けんばんだんれつ)」
「五十肩だと思って整体に通っていたけど治らない」というケースで、実は一番怖いのがこれです。
肩を支えるインナーマッスル(腱板)が、骨から剥がれたり切れたりしてしまっている状態です。
五十肩との決定的な違い
ここが非常に重要です。
- 五十肩(凍結肩): 誰かに腕を持ってもらって挙げようとしても、硬くて挙がりません(拘縮)。
- 腱板断裂: 自力で挙げるのは痛くて無理、あるいは力が入りませんが、誰かに手伝ってもらえば(あるいは反対の手で支えれば)挙がることが多いです。関節自体は固まっていないからです。
原因は?
- 加齢変化: 年齢とともに腱がすり減り、脆くなって切れる(自然断裂)。
- 外傷: 重いものを持った、転んだ、手をついたなどの衝撃。
特徴的な症状
- 腕を下ろす時に、特定の角度で「ズキッ」とする、力が抜ける。
- 夜間痛がある(五十肩と同様)。
- **「ジョリジョリ」**という音がすることがある。
腱板断裂は自然治癒しません。切れたゴムが勝手に繋がらないのと同じです。放置すると断裂部が広がり、手術が必要になることもあるため、早期のMRI検査が推奨されます。
激痛の代表格「石灰沈着性腱板炎(せっかいちんちゃくせいけんばんえん)」
石灰沈着性腱板炎はある日突然、救急車を呼びたくなるほどの激痛に襲われて肩が挙がらなくなるのがこの病気です。
どんな状態?
肩の腱の中に、**リン酸カルシウム結晶(石灰)**が溜まってしまう病気です。この石灰が何らかのきっかけで腱の外に漏れ出し、強烈な炎症反応を引き起こします。
特徴
- 突然の発症: 前触れなく、急激に痛くなることが多いです。
- 激痛: 肩を少し動かすだけでも脂汗が出るほどの痛み。
- 夜間痛: 痛すぎて眠れない日が続きます。
レントゲンを撮ると、肩の骨のあたりに真っ白な「石(石灰)」が写るので、診断は比較的容易です。注射治療などで劇的に良くなることも多い病気です。
意外な盲点!「首(頸椎)」からの影響
「肩が痛くて挙がらない」と訴える患者さんの中には、実は肩自体には全く問題がないケースがあります。それが**「頸椎症性神経根症(けいついしょうせいしんけいこんしょう)」**などの首の病気です。
なぜ肩が挙がらなくなる?
首の骨(頸椎)から出ている神経は、肩や腕に向かって伸びています。
もし、首の骨の変形やヘルニアによって、**「肩を挙げる筋肉に命令を送る神経」**が圧迫されてしまうと、どうなるでしょうか?
筋肉自体は元気なのに、「動け!」という電気信号が届かないため、麻痺して腕が挙がらなくなるのです。
見分けるポイント
- 上を向いたり、首を特定の方向に傾けると、腕に痺れや痛みが走る。
- 肩だけでなく、腕や指先にも痺れがある。
- 肩の痛みというより、肩甲骨の内側や首の付け根が痛い。
この場合、肩をマッサージしても治りません。首の治療が必要です。
その他の原因(変形性関節症・内臓疾患など)
変形性肩関節症
膝の軟骨がすり減るのと同じように、肩の軟骨がすり減って骨同士がぶつかり、変形してしまう病気です。
- 昔、大きな怪我をしたことがある人。
- 長年、肩を酷使する仕事やスポーツをしていた人。
- 動かすと「ゴリゴリ」という音がして痛みます。
内臓からの「関連痛」
稀ですが、重大なサインである可能性があります。
- 心臓疾患(狭心症・心筋梗塞): 左肩から腕にかけての痛みやダルさが出ることがあります。
- 肝臓・胆嚢の疾患: 右肩に痛みが出ることがあります。
「動作に関係なく痛む」「胸苦しさや冷や汗を伴う」場合は、整形外科ではなく内科や循環器科の受診が必要です。
【セルフチェック】あなたの肩はどのタイプ?
ここで、簡易的なセルフチェックを行ってみましょう。(※痛みがある場合は無理をしないでください)
Q1. 反対の手で支えれば、腕は耳の横まで挙がりますか?
- はい、挙がります。 → **「腱板断裂」**や神経麻痺の可能性があります。関節自体は固まっていません。
- いいえ、ロックがかかって動きません。 → **「五十肩(拘縮)」**や「変形性関節症」の可能性が高いです。関節が固まっています。
Q2. じっとしていてもズキズキ痛みますか?
- はい、特に夜が辛いです。 → 炎症が強い時期です。「石灰沈着性腱板炎」や「凍結肩の炎症期」が疑われます。
- いいえ、動かした瞬間だけ痛いです。 → 炎症は落ち着いていますが、物理的な損傷や拘縮がある状態です。
【対策と治療】どうすれば治るのか?
原因がわかったところで、どのような治療が必要になるのかを見ていきましょう。
保存療法(手術をしない治療)
基本的には、まずこちらが選択されます。
- 薬物療法・注射:
- 痛み止めの内服や湿布。
- ヒアルロン酸注射: 関節の滑りを良くし、炎症を抑えます。
- ステロイド注射: 強力な抗炎症作用があります。特に石灰沈着や強い夜間痛に有効です。
- ハイドロリリース: 超音波を見ながら生理食塩水を注入し、癒着した筋膜を剥がす新しい治療法です。
- リハビリテーション(理学療法):
- これが最も重要です。
- 固まった関節包をほぐすストレッチ。
- 弱ったインナーマッスルを鍛えるトレーニング。
- 肩甲骨の動きを改善する運動。
- 専門の理学療法士の指導のもと、地道に行うことが回復への近道です。
手術療法
保存療法を3〜6ヶ月続けても改善しない場合や、腱板断裂で活動性が高い(仕事やスポーツをバリバリしたい)場合は手術が検討されます。
- 関節鏡視下手術(かんせつきょうしか・しゅじゅつ): 現在はこれが主流です。肩に数カ所の小さな穴を開け、内視鏡(カメラ)を入れて手術を行います。傷跡も小さく、体への負担が少ないのが特徴です。
- サイレント・マニピュレーション(非観血的関節受動術): 五十肩の場合、麻酔をして眠っている間に、医師が手で肩を動かして癒着を剥がす処置もあります(入院なしでできる場合も)。
【自宅でできるケア】予防と改善のために
「今はまだそこまで酷くないけど、将来が不安」
「リハビリに通いながら、家でも何かしたい」
そんな方へのアドバイスです。
姿勢の改善(猫背は大敵!)
猫背になり、肩が内側に入り込む(巻き肩)と、肩甲骨の動きが悪くなります。すると、腕を挙げる時に骨と腱がぶつかりやすくなり(インピンジメント)、炎症の原因になります。
- 胸を張り、肩甲骨を寄せる意識を持つ。
- スマホを見る時に下を向かない。
コッドマン体操(アイロン体操)
五十肩のリハビリとして有名な運動です。
- 痛くない方の手でテーブルをつき、お辞儀をするような姿勢になります。
- 痛い方の腕をダランと垂らします(力を抜くのがポイント)。
- 体幹を揺らす反動を使って、腕を前後左右、円を描くように小さく揺らします。
- 注意: 腕の力で回すのではなく、あくまで**「振り子」**のように重力に任せて揺らします。関節の隙間を広げ、痛みを和らげる効果があります。
温める(慢性期の場合)
ズキズキする激しい炎症期(触ると熱っぽい時)は冷やすこともありますが、動かなくて困っている時期は温めるのが基本です。
- 入浴時に湯船に浸かり、血流を良くする。
- カイロや蒸しタオルで肩甲骨周りを温める。
最後に:諦めないで、専門家に相談を
「もう歳だから仕方ない」
「この痛みとは一生付き合っていくしかない」
そう諦めてしまっている方は、本当にもったいないです。
現代医学において、肩の治療法は飛躍的に進歩しています。適切な診断を受け、適切なリハビリや処置を行えば、**「えっ、こんなに軽くなるの?」**と驚くほど改善するケースは山ほどあります。
特に、以下の症状がある場合は、明日にも整形外科を受診してください。
- じっとしていても痛くて眠れない。
- 転んだりぶつけたりした後から挙がらなくなった。
- 腕や手に痺れがある。
肩は、私たちの生活の質(QOL)を支える大切なパートナーです。
洗濯物を干す時の青空、高い棚の本を取る時の何気ない動作、そして誰かとハイタッチをする喜び。
そんな当たり前の日常を取り戻すために、まずは一歩、専門医のドアを叩いてみませんか?
あなたの肩の痛みは、決して「治らないもの」ではありません。
この記事が、あなたの痛みの原因を知り、解決へと向かうコンパスになることを願っています。
免責事項
本記事は一般的な医療情報を提供するものであり、医師の診断に代わるものではありません。症状には個人差がありますので、痛みや異常を感じる場合は、必ず整形外科等の医療機関を受診し、専門医の診断・治療を受けてください。


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