交通事故やスポーツ外傷後に多くみられる「むちうち」は、一般的な俗称であり、医学的には外傷性頚部症候群(traumatic cervical syndrome)や頚椎捻挫と呼ばれます。特に自動車の追突事故に伴う**加速・減速外傷(whiplash injury)は代表的な発生機序であり、国際的にはWhiplash-associated disorders(WAD)**という概念で整理されています。
本記事では、むちうちの病態生理、分類、画像所見、症状のメカニズム、慢性化要因、臨床評価、治療戦略まで専門的に解説します。
むちうちの定義と概念
むちうちとは、**急激な頚部の過伸展(extension)および過屈曲(flexion)**によって生じる頚部の軟部組織損傷を指します。
典型的な受傷機転は以下です:
- 追突事故による後方からの衝撃
- コンタクトスポーツにおける衝突
- 転倒時の頭部慣性運動
衝撃時、体幹はシートベルトなどで固定される一方、頭部は慣性により遅れて動くため、頚椎にはS字変形様の異常運動が生じます。この瞬間的な過伸展→過屈曲運動により、頚部の筋・靱帯・関節包・椎間板・神経組織などに微細損傷が発生します。
病態生理
軟部組織損傷
主な損傷部位は:
- 頚部伸筋群(僧帽筋上部線維、頭半棘筋など)
- 前縦靱帯・後縦靱帯
- 椎間関節包
- 椎間板線維輪
これらの損傷により炎症反応が惹起され、疼痛受容器(nociceptor)の感作が起こります。
椎間関節性疼痛
研究では、慢性むちうち患者の疼痛源として**椎間関節(facet joint)**の関与が高いことが示唆されています。特にC2/3、C5/6レベルでの関与が多いとされています。
関節包の伸張や微細断裂により、機械的刺激に対する過敏性が生じます。
神経学的要素
神経根刺激や軽度の脊髄ストレスが生じることもあり、以下の症状が出現することがあります:
- 上肢のしびれ
- 放散痛
- 感覚異常
- 筋力低下
ただし、明確な神経学的異常が画像上で確認されないケースも多く、機能的要素の関与も指摘されています。
中枢性感作
慢性化症例では、**中枢神経系での疼痛処理異常(central sensitization)**が関与していると考えられています。
- 痛み閾値の低下
- 広範囲疼痛
- 光・音刺激への過敏性
これにより、組織修復後も疼痛が持続するケースがあります。
WAD分類(Quebec Task Force分類)
Quebec Task Forceにより提唱された分類が国際的に広く用いられています。
| Grade | 内容 |
|---|---|
| 0 | 症状なし、身体所見なし |
| 1 | 頚部痛・こわばりなど自覚症状のみ |
| 2 | 可動域制限・圧痛などの他覚所見あり |
| 3 | 神経学的所見あり |
| 4 | 骨折・脱臼あり |
臨床上多いのはGrade1~2です。
主な症状
● 局所症状
- 頚部痛
- 可動域制限
- 頚部筋緊張
- 圧痛
● 関連症状
- 頭痛(特に後頭部)
- めまい
- 耳鳴り
- 顎関節症状
- 上肢のしびれ
● 自律神経症状
- 倦怠感
- 集中力低下
- 睡眠障害
画像検査の位置づけ
多くのむちうちは画像上異常を認めないことが特徴です。
- X線:骨折・不安定性の除外
- MRI:椎間板・神経根圧迫評価
- CT:骨性損傷評価
しかし、慢性疼痛の原因が画像で明確になることは少なく、臨床評価が重要です。
慢性化のリスク因子
以下が慢性化に関連するとされています:
- 初期疼痛強度が強い
- 可動域制限が大きい
- 不安・抑うつ傾向
- 受傷直後の過度な安静
- 補償問題の関与
生物心理社会モデルでの理解が重要です。
治療戦略
急性期
- 過度な固定は避ける(長期カラー装着は推奨されない)
- 鎮痛薬(NSAIDsなど)
- 早期からの軽度可動域運動
亜急性~慢性期
- アクティブリハビリテーション
- 深層頚屈筋トレーニング
- 姿勢制御訓練
- 神経モビライゼーション
- 認知行動的アプローチ
慢性例では単なる「炎症」ではなく、「疼痛処理異常」への介入が鍵になります。
予後
多くは3か月以内に改善しますが、約20~30%が慢性疼痛へ移行すると報告されています。
早期からの適切な説明(reassurance)と段階的運動療法が予後改善に重要です。
まとめ
むちうちは単なる「首の捻挫」ではなく、
- 軟部組織損傷
- 椎間関節性疼痛
- 神経学的関与
- 中枢性感作
といった多面的病態を持つ疾患概念です。
急性期からの適切な評価とアクティブなリハビリテーションが慢性化予防に極めて重要です。

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