大脳皮質(Cerebral Cortex)は、大脳の最表層を覆う**灰白質(Gray Matter)**の層であり、知覚、随意運動、思考、推論、記憶、言語、意識といった「高次脳機能」の座です。
ヒトにおいては極めて発達しており、その表面積を限られた頭蓋内で最大化するために、多数の**脳回(Gyrus)と脳溝(Sulcus)**と呼ばれるヒダ構造を形成しているのが特徴です。
1. 解剖学的区分(マクロ解剖)
大脳皮質は、解剖学的な位置関係により大きく4つの「葉(Lobe)」と、深部に隠れた領域に分類されます。

主要な4葉と機能概要
- 前頭葉 (Frontal Lobe)
- 位置: 中心溝(Rolandic fissure)より前方、外側溝(Sylvian fissure)より上方。
- 機能: 運動機能の実行(一次運動野)、言語表出(ブローカ野)、実行機能、判断、情動の抑制、人格形成(前頭前野)。
- 頭頂葉 (Parietal Lobe)
- 位置: 中心溝より後方、頭頂後頭溝より前方。
- 機能: 体性感覚の統合(一次体性感覚野)、空間認識、計算、読み書き。
- 側頭葉 (Temporal Lobe)
- 位置: 外側溝より下方。
- 機能: 聴覚処理(一次聴覚野)、言語理解(ウェルニッケ野)、視覚情報の物体認識(「何」経路)、記憶(海馬傍回を含む内側側頭葉)。
- 後頭葉 (Occipital Lobe)
- 位置: 大脳の最後部。
- 機能: 視覚情報の処理中枢(一次視覚野および視覚連合野)。
その他の重要領域
- 島皮質 (Insula): 外側溝の深部に隠れている領域。内臓感覚、痛覚、情動、味覚に関与。
- 帯状回 (Cingulate Gyrus): 大脳辺縁系の一部として、情動形成、学習、記憶に関与。
2. 組織学的構造(ミクロ解剖):細胞構築
大脳皮質は、発生学的起源と構造により、**新皮質(Neocortex)と古皮質・原皮質(Allocortex)**に分類されます。ヒトの大脳皮質の90%以上は新皮質で構成されています。
新皮質の6層構造
新皮質は、機能の異なる6つの層構造(ラミナ構造)を持ちます。
- 第I層(分子層 – Molecular layer): 細胞成分は少なく、主に樹状突起や軸索が走行。
- 第II層(外顆粒層 – External granular layer): 小型錐体細胞や顆粒細胞が多い。皮質内連絡に関与。
- 第III層(外錐体層 – External pyramidal layer): 中型錐体細胞が主。同側および対側の大脳皮質との連絡(連合線維・交連線維)を送る。
- 第IV層(内顆粒層 – Internal granular layer): 視床からの感覚入力を受ける主要な層。一次感覚野(視覚野など)で著しく発達している。
- 第V層(内錐体層 – Internal pyramidal layer): 巨大錐体細胞(ベッツ細胞など)が存在。皮質下(脳幹、脊髄)への出力を行う主要層(投射線維)。一次運動野で発達。
- 第VI層(多形細胞層 – Multiform layer): 主に視床へのフィードバック投射を行う。
コラム構造(Columnar Organization)
皮質は水平方向の層構造だけでなく、垂直方向の「コラム(円柱)」という機能単位で構成されています。一つのコラムに含まれるニューロン群は、類似した受容野特性(例:視覚野における方位選択性など)を持っています。
3. 機能局在とブロードマンの脳地図
ドイツの神経学者コルビニアン・ブロードマンは、細胞構築の違いに基づいて大脳皮質を52の領域に区分しました(ブロードマンの脳地図)。これは現在でも臨床や研究で標準的に使用されています。

代表的なブロードマン領野 (BA)
| 領域名 | BA番号 | 主な機能 | 障害時の症状 |
|---|---|---|---|
| 一次運動野 | 4 | 随意運動の指令 | 反対側の麻痺 |
| 一次体性感覚野 | 3, 1, 2 | 触覚、痛覚、温度覚の受容 | 反対側の感覚脱失 |
| 一次視覚野 | 17 | 網膜からの情報の初期処理 | 皮質盲、同名半盲 |
| 一次聴覚野 | 41, 42 | 音の周波数などの処理 | 聴覚障害(両側性で皮質聾) |
| ブローカ野 | 44, 45 | 言語の産生(運動性言語中枢) | 運動性失語(発語困難) |
| ウェルニッケ野 | 22 | 言語の理解(感覚性言語中枢) | 感覚性失語(理解困難、流暢だが無意味な発話) |
| 背外側前頭前野 | 9, 46 | ワーキングメモリ、実行機能 |
4. 大脳皮質の連絡路(ホワイトマターとの関係)
皮質の機能は、皮質下の白質を通る神経線維によって統合されています。
- 連合線維 (Association fibers): 同一半球内の異なる皮質領域を結ぶ(例:弓状束はウェルニッケ野とブローカ野を結ぶ)。
- 交連線維 (Commissural fibers): 左右の半球を結ぶ(最大の実体は脳梁)。
- 投射線維 (Projection fibers): 皮質と皮質下(視床、脳幹、脊髄)を結ぶ(例:内包を通る皮質脊髄路)。
5. 臨床的意義と可塑性
血管障害と局在徴候
大脳皮質は、主に前大脳動脈(ACA)、中大脳動脈(MCA)、後大脳動脈(PCA)によって栄養されています。
- MCA閉塞: 上肢・顔面の麻痺、失語(優位半球の場合)、半側空間無視(劣位半球の場合)。
- ACA閉塞: 下肢の麻痺、前頭葉症状(無動無言など)。
- PCA閉塞: 同名半盲。
神経可塑性 (Neuroplasticity)
かつて脳は成人すると変化しないと考えられていましたが、大脳皮質は経験や学習、あるいは損傷後のリハビリテーションによって、シナプス結合の強度やマップの再編成(リモデリング)を行う能力を持っています。これを可塑性と呼びます。
まとめ
大脳皮質は、単なる神経細胞の集まりではなく、層構造とコラム構造による精緻なハードウェアと、領域ごとの特化した機能局在、そしてそれらを統合するネットワークによって、ヒトたる所以である高度な精神活動を支えています。
この領域の理解は、脳卒中後のリハビリテーション戦略や、アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患の病態解明において極めて重要です。

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